第21回・テキストにするのはなんですが

 今回は前回、「影武者徳川家康」を取り上げる、と書いたのを反故にして、違うのを取り上げることとする。「影武者~」は次回です。次回といっても更新は4月4日なもんで。

 今回取り上げるのは次回につながっていく。そう、あくまで前振り、「だし」にすぎない。

そもそもこの「戦国メディア市」 おかげさまで20回を超えることができましたが、大体においては「私がいい、と思ったものを紹介する」という形式のものと、「私が『コリャだめだ』と思ったもを批判してそのメディアの製作した人に次こそはいいものを、とねがう」形式の二通りに分かれるんだと思います。大体は前者のほうが多いと思います。しかし、後者になったメディアとしては「テレビ」の時代劇ばっかだったと思います。特に第2回のアレは当コーナーの存在意義を決め付けたかようなものだったようです。自分でもよくはしらんが。

 そして、今回取り上げる作品は「時代劇」だったりします。それも今年(平成10年)3月25日にTBS系列で放送された「ドラマ特別企画・織田信長」です。サブタイトルに「天下を取ったバカ」とありましたがこれについてはいいも悪いも言いません。個人的には理解できるけど。

当戦国メディア市では時代劇に対し、第15回においてある程度吹っ切れた宣言をしました。しかし、今回は そんな甘い解釈抜きで考えていこうと思っています。

 このドラマ、はっきり言えば戦国系時代劇においては合格及第点だと思います。しかし、ちらりちらりと見えてくる「あら」が、まさに今の時代劇そのものだと思うのです。このドラマは当初、織田信長が木村拓哉でいいのか、という不安の声が多かったと思います。しかし、大体においてドラマに出る俳優さん方はみんな「プロ」なわけですから、演技はその人物に対して自然でなければいけないのです。その点では桶狭間以前の信長を書いたこの作品、「キムタク」がうつけ信長にある程度までマッチしていてよかったのではないかとは思っています。ミスキャストというのはその俳優の演技にではなく、あまりにも「イメージからかけ離れている」場合のことを言うのだと思っています。ある程度までは許さないと、そんなにイメージに合う俳優がいつもいるわけじゃないですから。

しかし、私が問題にしたいのは以下のことなのである。

  • 清洲城が彦根城、勘弁せれや

     大体においてこの天文年間において城に豪壮な天守がある。これはどうにかならないのだろうか? そう言えば某他局のドラマでも明暦の大火で天守がなくなった江戸城に対し、姫路城天守を映して江戸城とぬかす。これぞまさしく城=天守という日本人の間違った感覚ではないだろうか。ああ、見る側にあわせるのがプロなんだろ、そう思うが、実にイヤだ。そうして城は観光名所。長浜城レベルはともかく、墨俣城、とか、千葉城とか、「復元天守」でなく「模擬天守」はなんとかならんかね? 歴史を偽っても金が欲しい。大人の世界はこれだからイヤだ。反吐が出るわっ!(苦笑)

  • 同じく、史実を歪めて何が楽しい?

     TBSの時代劇は最後が強引な展開になることは経験的に知っていたが、「正徳寺の会見」のあと即刻「稲生合戦」、そしてすぐに信行暗殺。1553年から1557年まで、6年間の出来事を推定一週間にまで縮めてまさしく「ご苦労様でした」 だいたい、もし正徳寺から信長が帰って来てたら洒落にならんぞ、織田信行。土田御前がそう諌める家臣に対し、「お黙り」と一喝していたような覚えがあるが、まだ斎藤道三は生存中だ。そんなことをしてどうするんだ。ドラマ的には「このときはまだ息子義龍に討たれるとは知りもしませんでした」とかとナレーション入った気がするが、はっきり言って「無茶しすぎ」だ。何? 時間的に足りなかった。そんなのは言い訳にならないと思う。

     まあ、この他にも「鉄砲と出会った当初から『三段撃ち』を信長が考えてきた」とか気になる点はあるけど、今回はこれだけ。

     ところで、織田信秀が林通勝(秀貞)に暗殺されていて、しこりとして残った人も多かっただろう。しかし、私はこう言うのは歓迎する。先の大河の毛利隆元暗殺とか、そう言う「異説」はいいと思う。証拠はないレベルまでなら。

     結局、おそらく『キムタク効果』で、視聴率も21.8%だとかだったそうだから、影響力が心配なわけだ。だから、「どうでもいいこと」に少しくらいはこだわって欲しいと思う。

    とはいえ、このドラマはこう言う欠点をカバーして信長のうつけ時代の生き様がうまく描かれていた。だのになぜ私はあえてここまで描いたのか。それは、次回書くこととする。



    結局見入っていたのは事実の筆者


    DATA:TBS、「ドラマ特別企画・織田信長」
    (初出:「戦国メディア市・第21回」1998.3.28)


  • 第18回・本当に同じ局で作ってるの?

    この「戦国メディア市」では、なんか若輩者の私ごときにコテンパンにしてやられている「NHK大河ドラマ」(別段NHKが私ごときを相手にしている訳でもないが)。しかし、NHKは広い。NHKのどこだかの部署にもある事情でお邪魔させていただいたこともある(ねっ、安福君)私のことだし、NHKの社員食堂で食券を神隠しにあってしまわせたこともあることだし???(すみませんでした、先輩)というわけで、今回は「歴史発見」「ライバル日本史」というとってぇも良かったNHKが誇る歴史番組の後を継いだ「堂々日本史」をとりあげよう。

    ごく普通の歴史、とでも申しましょうか(爆!)、この番組が始まった当初は「教科書などでごく当たり前に学んだ歴史の事件・出来事に対して、より深く突っ込む」とかなんとか、そういうスタンスで始まったんだったと記憶しているが。とりあえず、内容的にはやはりNHKのドキュメントだなあ、こういうのこそが、「教養番組」なんだなあと思わせる、歴史通の方にも歴史初心者の方にも満足いく内容だ。ここでは、戦国時代の回に限定して紹介させていただくが、たとえば、資料がふんだんにある関ケ原合戦なんかの回では再現ドラマを使って、徹底的にぐっと深くまで差し込んだ内容構成となっている。徹底的に史実と向き合って歴史をくっきりと我々に見せ付けてくれる。すごいじゃありませんか。

    それに、今まで通説として用いられてきた説を実験を持って嘘と証明してくれる番組でもある。長篠合戦の「鉄砲三段打ち」 これを「声は戦場すべてに届くことは到底不可能」ということを実際に設楽が原古戦場で実験してくれたり、馬が新田を走りぬけていくことが不可能であることを証明してみせたりと、いたってまじめな実験をしてくれている。まあ、バラエティ要素が強かった「お笑い風林火山」ほど、人間にとってハードな、人間を使い捨てにするような実験はしないが、それでも、関ヶ原合戦の東西両軍の行軍疲労を実際に歩いて計測したりと、科学的でもある。

    ゲストの方のコメントも聞いていて飽きない。学者系の人や、小説家系の人、役者系の人と様々な人が様々なコメントをする。それに、アナウンサーが導入部に扇子を叩き「時は~~年、・・・」と講談風に叫んで盛り上がっている。こんな面白い番組はない。某人物系番組と違ってあからさまな嘘はない。

    いや・・・大河ドラマも少しは見習って・・・・あああ、やっぱり言っちゃった。一応、「毛利元就」ではストロベリートークにしたんだけどなあ。まあ、いいか。あっちはドラマだからしょうがないのでしょう。



    やっぱり、湯浅譲二の音楽は凄すぎて理解に苦しむ筆者


    DATA:NHK、堂々日本史
    (初出:「戦国メディア市・第18回」1998.2.7)


    第17回・理由はともかくとして

    歴史小説・・・を読み続けてはきたが、氏の作品と出会ったのは結構遅く、もう通産で、9000ページは読んでいた頃だ。山岡荘八歴史文庫に生き、吉川英治、海音寺潮五郎、早乙女貢にも手を出していた。そのあと、ふと「国盗り物語」を買ってみた。これが、氏との出会いであった。

    電車の中で読み始める。最初は「はずしたか」と思った。話についていけない、わからない、状況が空想できない、つまらない。しかし、あるシーンを境に一気に本に溺れてしまった。そのシーンは、本の50ページ目だった。主人公が暗闇に聳え立つ人影が、児小姓か女かを確かめるために、「念のために」股間に手を差し入れる、というシーンだった。当時まだ13才だった「ボク」には、ちとインパクトが強すぎた。海音寺潮五郎「加藤清正」、早乙女貢「明智光秀」は、お二人の作品中では比較的おとなし目だったからだ。それ以降、悲しいかな、まさしく氏の術中だった。

    ここらで氏の名前と今回戦国メディア市に取り上げる作品の名を明かそう。氏の名前は、「司馬遼太郎」 超メジャーにして、戦後の歴史小説の第一人者、その上作者が一番読んでいるのではないか、という方にもかかわらず、なぜかメディア市には未登場だった方だ。取り上げる作品は氏の作品中でも特に名作の誉れ高い「国盗り物語」

    この作品はもともとは斎藤道三だけを書くために題も「国盗り物語」とされたそうだが、編集部の意向によってもっと続く事になり、道三の弟子とも言える信長と光秀の二人を主人公にした(編注:名目的に主人公は織田信長一人だが、実質的な意味合いや小説自体の書かれ方も考え見て、あえてこのように書く)後編も出来たのであった。

    前編は前編でまさしく、「国盗り」のプロセスが面白い。人間模様がやはり、他の作家達とは違ったか書かれ方がなされており、とっても斬新だった。そして、小説の醍醐味とも言える「主人公の反則なまでの強さ」もある。誰だか、氏が亡くなられた時、「司馬遼太郎作品に批判的な」評論家なるものが、「司馬作品は日本人が格好良く、甘く描かれているので、読者にとっては、気持ちいいのだろう」などというコメントが載っていたような覚えがあるが、そうじゃないと小説でない気がする。当時は「何こいつ言ってやがんだ」とかと思ったものだが、うーん、批評って難しいな。

    前編では主人公の神出鬼没ぶりも見物ですな。突如、京の残してきた妻の元へ行ったり、土岐頼芸をわざわざ船で送ったり、とまさしく、小説らしい書き方ではないか。

    後編では、「鬼と人と」が如く、織田信長と明智光秀の人間がテーマになる、と思っているのは私だけであろうか。それぞれのビジョンの違い、そして光秀が最初から大名でない事による信長への思い、信長に対する優越感が崩れた時・・・そこらは「フツーの」歴史としてじっくり見るとまさしく一大物語だ。そして、信長のダイナミズムも忘れてはいけない。織田信長はやっぱりカッコ良い。男だ。そして、道三・信長・光秀三人ともが戦国の世に相克の果て倒れる。その終劇も細川藤孝を登場させうまくあしらい、無事小説は終わる。すごい。

    その後私は続けて読んでしまいましたよ、司馬ワールド。「関ケ原」「城塞」と。いやー、面白い面白い。これまでいくつか読んできて、やはり司馬さんの作品は極めてスタンダードな面白さがある。山岡荘八作品は人物にくせがある(そこが面白いのだが)、海音寺潮五郎は「坦々」という感じだ(それはそれがいい)。なんだかんだいって、司馬さんの小説は結局いつまでも読んでいるんだよね。

    しかし、晩年は歴史小説を書かれなくなった事、そして氏の死により、私がまだ読んでいない司馬さんの戦国作品はもう「夏草の賦」くらいになってしまった。残念。

    司馬遼太郎の小説の御蔭で幕末へも流れ込みつつある筆者

    DATA:新潮文庫、国盗り物語
    (初出:「戦国メディア市・第17回」1998.1.24)