第23回・もっと手軽に遊び、たい~

 姉妹ページMACHIDA PC MAPをご覧になられている方はどれくらいいるだろうか? そっちのほうの「町田電脳こーかい日誌」というコーナーに「信長の野望・戦国群雄伝」の購入レポートを書いて、早数週間が経つ。というわけで、今回はWindows95で新たに登場した「信長の野望・戦国群雄伝」の紹介だ。

 まず、最初にこのゲームの「ゲーム性」だけについて見ていきたい。なんか、「HEX戦」の面白さを新たに認識させてくれましたね、このゲームは。100の兵を持たせた上杉謙信で突撃することがこんなに面白いというのをはじめて知った。やっぱり、武将は死ななきゃね(最低な奴・・・・・・>俺)。夜襲をかけれたり、城の中のHEX移動、というのはやはり面白い。その戦闘を菅野よう子さんの音楽が彩るから堪らない。まあ、防御側が城の中を逃げ回られて30日になって負けてしまうのには閉口したが。逆に言えば、攻められたときにそういう勝ち方があるということでもあるけれど。内政はなんか「初代」の系譜を引いている感じで、「天翔記」「将星録」をプレイしているとつらいものがあるけれど、おそらく、「覇王伝」のこういう感じだったような気がするから、「ま、いっか」というところ。まあ、その他に不満がないわけではない。主に、次作以降で良くなっていた点についてではある。しかし、「ああ、古き良き時代だったなあ」と勝手に感傷にふけることも出来ないわけではない。

 だが、である。

 売価6000円はチトきつくないかい? まあ、おそらくは一年後くらいにコンビニで1980円で売られてそうだけどね。せっかく「リメイク」「リバイバル」として出すんだからさあ。そりゃ、オープニングAVIとか、CD-DAによる音楽は凄いと思うよ。だけど、これはプレイステーションやセガサターンでも出すために作ったものでしょう、おそらく。それをパソコンに流用して、それでパソコン版の値段が上がってしまうのは頂けないなあ。音楽はMIDIでもよかったし、いちいち顔グラフィックを256色に書き換えないほうが、「往年の名作」の雰囲気が出てた、と思う。

 それと、私思うに、「覇王伝」以前の「信長の野望」はキーボード操作が可能だったんだよね。「覇王伝」をキーボードでやるにはつらかったけど、「風雲録」は恥ずかしながらプレイしたことがないんですけれども、明らかにキーボード操作優先のインターフェイスだったと思う。なぜキーボード操作にこだわるのか。それは「ノートパソコンでも気軽に遊び倒せる『信長の野望』がやってみたい」からである。そのためには800×600以上の解像度が必要なのはきつい。それと、CD-ROMドライブにゲームCDをいれておかなければならないのもつらいのだ。

 「ゲームCDが起動時に必要」というのは、あきらかにコピー防止のためだろう。しかし実態としてCD-Rでコピーしまくっている奴がはびこっている、といううわさを聞いたことがある。プロテクトがどうかは知らないけれども。そう言えば、PC-9800用の「信長の野望・天翔記パワーアップキット」「三国志V」なんかはフロッピー版だと、画面上に武将の顔グラフィックが卓さん出てきて「■-○○の武将の顔をクリックしてください」といわれ、その番号のクリックできないと起動できない、というのがあった。これは、「南蛮銀屏風」といわれる、武将番号対応表を見ながらやればうまく行くのだが、このシート、コピーできないように銀色の紙に印刷されているのである。しかし青いクリアファイルに入れてコピー機にかければコピーできたらしい、という情報を知人から聞いた。

 こーゆーコピーする輩がいるから値段が上がっていくと思うと非常に腹正しいが、そうして、ユーザーが新品を離れ中古に走る・・・・とかね。なんかどうしようもならない事態だけど、もし、戦国時代シュミレーションがオンラインでも手に入るようになったら、「信長の野望」はどうなるのでしょうか? だって、おそらくそのオンラインゲームはCDをいちいち起動時に入れる必要もないだろうし、コピーだってやりたい放題だ。豪華なAVIや、CD音源の音楽はないだろう。しかし、それらはユーザーが望まないことかもしれない、価格によっては。もう、パッケージ販売だけがソフト流通ではないような気はするけれども・・・と、ありきたりの事を書いてしまった。まあいいか。

 それと、あからさまなバグがあって困っている今日この頃。1024×768で起動しないと「他国戦略中#xx」と表示されないのはどうにかならんかしらん?



「4月16日第一回放送、0点」と言い残し消えた筆者


DATA:光栄、「信長の野望・戦国群雄伝」
(初出:「戦国メディア市・第23回」1998.4.18)


第22回・ベストセラーはそのままで

前回、なんかかかんでもよいようなことをグダグダと書き連ねてみた。

「大河ドラマ」など、「原作」があるのに、それに沿わない。原作に惚れ込んでいた人ほど、それに対する怒りは大きくなるだろう。原作を知らない人にとって見れば、まったく不都合ないことなのに。でも、その「原作」のイメージが崩れることになるのは事実である。そのドラマに感動して「原作」を読んだら、それとはまったく違っていてびっくりする、というのは多いことである。ま、実際にはドラマにはなかった感動が多くめり込まれていることが多い。私が、数年前にTBSで放送された司馬遼太郎原作の「竜馬がゆく」を見たときもそうだった。当時まだ原作を読んでいなかった私にとって見れば大変面白いものだったが、原作を読んだ友人にとっては大変不愉快だったらしい。事実、私も原作を読んだあと、再放送があったので見てみると「何か違うぞ」と違和感を感じれずにはいられなかった。

まだ「歴史小説」の場合ならいい。問題は「時代小説=伝奇小説」を原作にしたときだ。

そもそも、歴史者の小説はまとめて「歴史小説」とか「時代小説」といわれることが多いが、実際には史実にあった人物・事件をそのまま小説に、伝記のようなスタイルで物語化するのを「歴史小説」、歴史の舞台を使って作者の設定で物語を展開させていくものを「時代小説」、又は「伝記小説」と分けるものらしい。

私は以前隆慶一郎氏の「見知らぬ海へ」を取り上げた。しかし、その後も隆氏の小説を読みつづけていくと、なんか、私の時代小説の偏見があっという間に取り払われてしまった。隆氏の作品を読んだ人のその作品、物語に対する愛情は強いと思う。

そんな、隆氏の作品がテレビドラマ化されるという。それでもって、驚くべきことに「影武者・徳川家康」だという。テレビ朝日系の「ベストセラー時代劇」の第四弾だそうで、私にとってみれば「功名が辻」の原作離れの印象が強い。そこで、念のために小説の「影武者・徳川家康」を今、取り上げてしまうのである。

私がこの作品を読んだのは「時代小説の愉しみ」の後。はっきり言えば、「影武者家康関ヶ原死亡説」というのが好きになれなくて、あまり読む気はしなかった。ところがいざ読んでみると、知らず知らずのうちに私は作品に酔ってしまったのである。「先がどうなるか分からない展開」こんな展開で面白くないわけがない。私は、島左近生存説は半信半疑だったが、風魔一族は風魔小太郎が江戸で懸賞金をかけられて捕らえられ、それっきりだった、と思いこんでいた。しかし、氏の小説ではうまく作品中に登場している。第9回のときに私は「次に『影武者徳川家康』を読んだのだが、これまたぶっ飛んだ。この本の読後、徳川秀忠に対する見方がかなり広くなってしまい『読んだ事を後悔した』と思ったくらい影響力ある作品だった。」と書いている。私の秀忠感もついつい変わってしまったのは、今製作中の「戦国時代人物名鑑」の徳川秀忠の部分を読むと自分でもわかる。思わず苦笑してしまう次第だ。

隆氏の作品を読み進めていくと、そこには共通のものがある。でも、私にはそんなことを書いていく資格がない。そう思わせるほど素晴らしい作品なので、普通の小説に飽き足らない方はぜひどうぞ。

こんな作品で「原作破り」なんかしたらどうなるか分かったもんじゃない。

あと、お詫び。今日はなぜかキーボード進みが悪い。打ち間違えるは、文章もよどむはと散々である。ある程度の誤字はお見逃しいただきたい。文章も今日はまさしくわやくちゃで、まとまもな紹介にはなっていないが、大変申し訳ない。MS-IMEがこのところバカなので困る・・・

富士通キーボードにいらつく筆者

DATA:隆慶一郎、「影武者徳川家康」
(初出:「戦国メディア市・第22回」1998.4.4)


第19回・野望を超す立志

ああ、このソフトを探すのには苦労をしたなあ。まあ、「MACHIDA PC MAP」作者なわたくしが、まだ、ショップ廻りFanだったような頃、町田、横浜、新宿と探し回って、最後の秋葉原のラオックスのザ・ゲーム館でやっと発見したという代物なのだ。そのゲームとは「太閤立志伝II」(以下「太閤2」とさせていただく。ローマ字数字になっておらずにアルファベットIが二つになっているのは文字化け防止のため)

え、なぜそんなメジャーゲームを探すのに苦労したのかって? 実は、年末キャンペーン中の「光栄ゲームデモ集・EGWordピュア・光栄壁紙集」などが入ったスペシャルCD付きのを3月に入手しようとしたからなのだな。はははは。でも見っつけたもん。

さて、家に帰ってから早速インストールしたのだが、はっきり言って「大ハマリ」だった。まさしく口半開きって感じだったなあ。まあ、初代・太閤立志伝は、スーファミ版でのプレイ(戦闘シーンなどは98版より良かったと思う)だったのだが、やっぱりパソコン版は奇麗やねーと思いつつ、飯と風呂以外はなんだかんだいって15時間ぐらいぶっ続けでやってしまったような気がする・・・若かったねえ。もうね、もうね、なんか過ごすぎよ、秀吉の、というよりは戦国時代の下級武士の生活がじわじわと実感できてすげーいい。もうべた賞めですよ、これは。はっきり言えば、同じ光栄の「信長の野望」シリーズより面白いんじゃないでしょうか?と私は思う。まあ、個人的な好みはあるだろうけど。もう、すべて良くて何から誉めていいかわからないくらいだ。まあ、先ほどの「生活実感」もありますが、その他に「太閤2」のいいところ、一気に行くぞ~~~

  • 主命が面白い。米を相場を使って金もうけ(お家が)なんて「覇王伝」以来だ。
  • 「自分の能力を上げる」というのがいい。自分を鍛える。ああ、なんて素晴らしいんだ。
  • 「太閤1」と違い、城主になる前でも家臣が持てるのはいい。小一郎(豊臣秀長)を最初に家臣に迎えられるなんて幸せ。
  • 戦闘の策略が多くてこれまたいい。石落としたり、掘り埋め立てたり、建物火つけたり、敵を騙したり、伏兵になったりいろいろできるのが「信長の野望」と違って面白すぎだ。
  • で、程よく史実に合わせてイベントが起きてくれる。墨俣に城建てたり(考えてみれば今後削られる運命か、このイベントは)、岐阜へ移ったり・・・いい、いい!
  • 家に帰ればねねが居る、家臣も居る、ああ、「らしい」よね。
  • 城主・大名になると家臣使いが又面白い。
  • 千利休と飲む茶が又うまい。

といったところか。ほかにもありそうだけど。まあいいや。

でも、これだけいいとこあると返って少しでも良くないところがすっごく目立ってしまうのだよね。例えば・・・

  • リアルタイムの戦闘、慣れればそこそこ面白いのだが、それでもボタン反応がなかったりして×
  • 剣による戦闘、せっかくど真ん中に当てても外れになることがあるのはちょっと。
  • 主命も「部将」レベルになるとマンネリだ。

こんな感じですっごく目立つのだよ。

「太閤2」からは秀吉でコンプリートすると明智光秀・柴田勝家、それに自分で作った武将で始められるのがいとをかしって感じだよネ。実名プレーで天下を取る事だって出来てしまう訳だろ。こんないい戦国ゲー他にあるか? まだやったことがない人はWindows95版も出たことだし、パソコンショップへGo!

本格的ネタ切れな筆者

DATA:光栄、太閤立志伝II
(初出:「戦国メディア市・第19回」)