編纂後記一覧

Merkmark Timelines各サイトの編集後記

完全幕末年表、次の展開は?

完全幕末年表も「完全幕末年表について」のページで

  1. 年代の繰り上げ
  2. 「幕末明治人物名鑑」の拡充
  3. 「日本の城リファレンス・各論編」の拡充

3つが挙げられている。最後の1個は「完全戦国年表」の拡充じゃないかって気もするが、まあいいや。

年代の繰り上げはQAで書いたとおりの問題があるため、やるとしても相当先かもしれない。完全幕末年表においては「21世紀初頭」が20181月だったことを想起してほしい。

どちらかといえば、中身の充実が先かと思われる。これもQAで書いたとおり。

昨日書いた「戦国時代合戦総覧」の完全幕末年表版は当然考えている。ただ、完全幕末年表において導入しちゃうと1868年ページが一気に規模縮小しちゃうかも?

と、完全幕末年表の拡充はそこまででないことが分かったところで、ようやく総合歴史サイトの様相を見せ始めた「Merkmark Timelines」の今後について語ろう。

2012年に出来たトップページに記載の通り、「新暦日本史年表」と「完全近現代史年表」は公開予定。しかも双方項目選定は完了済み!「新暦日本史年表」は日付を充てる作業が半分残っているのと、新暦換算作業が残っている。が、後者は手作業をやめてしまったので(「参考文献」記載の通り)、実は公開はそう先のことではない。サイトデザインが全くまだなのでそこが時間かかるかも。。。が、存外時間を要するWebページのhtmlcssを書くという作業がほぼ統一デザイン採用で発生しないため、やはりそう遠くない時期(2018年度?)に公開をしたいところ。

「完全近現代史年表」も項目選定済み。が、こちらはもうちょっと時間がかかりそう。センシティブな近現代なのではあるが、割り切って公開しようかと思う。が、例え「幕末明治人物名鑑」に採用がある人物であっても、「完全近現代史年表」ではリンクを行わない予定。近現代史は政治でしかないので。……その割に「幕末明治人物名鑑」にはそのタイトル通り明治期の人物もがっつり収録されてしまっているわけだが、線引きは必要ということで。

さてさて、「新暦日本史年表」「完全近現代史年表」以降の展開は?実は構想はいくらもあるが、まあお楽しみに。

 

そんなわけで8夜にわたって更新してきた編纂後記も今宵でいったん打ち止め。更新は定期的に行っていくので、[BLOG M]も引き続きお楽しみに。


完全戦国年表、次の展開は?

完全戦国年表について」に今後の以下4つが書かれている。

  1. 年代の繰り上げ
  2. 年代の繰り下げ
  3. 「戦国時代人物名鑑」の拡充
  4. 「日本の城リファレンス・各論編」の拡充

1.のどこまで繰り上げるかという話だが、足利義満死去か足利義持死去かまでだろう。内容からすると一気に義満死去なのだが、あまりに負担が大きい(笑)。が、もう全面リライトは本編にはないと思うので、攻めてもいいかなと考えている。

2.の繰り下げは、徳川綱吉将軍就任も一つの考えではあるが、第3版の由井正雪の乱止まりがスマートな気もする。生類憐れみの令他の綱吉治世で戦国が吹き飛んだあたりも書きたくなるのだけど、そうなると完全戦国年表は一大記述となってくる。

「戦国時代人物名鑑」と「日本の城リファレンス・各論編」の拡充も、まだリストアップすら出来てないけども相当のボリュームになりそう。幸い、CMS化で作業はあらゆる面でやりやすくなったので、あとは体制次第である。新規追加だけでなく、既存の人物・城についてもガンガンリライトをやっていきたい。

さて、18年ぶりに改版した「完全戦国年表」なのであるが、立ち止まったら負けだと思っている。ズバリ言うと、「完全戦国年表・第5版」を早速構想中。5版の目玉は、「戦国時代合戦総覧(仮称)」。戦国時代の合戦について、もっと詳しく深く詳細を各個ページにする予定です。

わーっ、と、実は本当は第4版でやりたかったけど流石にリソースがなく、いつまでも前に進まないので諦めてしまった。これは、「戦国時代人物名鑑」や「日本の城リファレンス」の採用を年表に出てくる人物や城以外も最初から網羅するのを諦めたのと同じく、である。

合戦は扱いが難しく、「攻め込んだ」「野戦で負けた」「討ち取った」「降伏した」あたり、取捨選択出来れば良いが正直年表に複数項目載せざるを得ない場合も多々あった。これらを整理したいという想いは第4版編纂で強くなった。合戦毎のミニ年表的存在として深掘りすることが出来るようにしていきたい所存。

加えて、「完全戦国年表・第5版」と同時でやるかは未定だけども、年表自体のHTML周りはまだまだ作り込みが可能だと考えており、このあたりもイノベーションが必要だと考えている。正直、紙じゃないのだからtableだけで良いわけがない。ここを攻めてこそ、流石20年超のサイトは違うねと言う評価もやっとなされようというもの。まだまだ考えていかねばなるまい。

と、果て無き向上思考にくらくらしてきたが、趣味の範囲で楽しくやっていきたいです。


年表における元号表記についての考え方の変更について

7夜連続」としてたのですが、どうも書くべき話からすると8回ぶんあるために「8夜連続」に変更します。

今宵の話は、昨今話題の「改元」について、です!!

「完全戦国年表・第3版」では、基本的に改元日以前は前の元号という扱いにしていました。

一世一元の制が取られ即日改元となる前は、基本的に年初に遡及して(=1月1日にさかのぼって)改元が適用されることになっていたとされています。ですが、実際に出来事が起こったときは遡及改元前のため、改元を適用するのは改元日から、としていました。

ですが、「完全戦国年表・第4版」では、改元があった年は遡及で改元されたものとして11日から新元号という表記にしています。これは「完全幕末年表・第1版」も同じです。

変更した理由はズバリ、スマホ対応。スマホファーストにした結果、西暦と元号はスマートフォンでは必ず太字で項目とは別の装飾を行い。スマートフォンでは1行で表示するよう改良を行いました。その結果、tableの中で元号を変えると分かりづらくなるため、改元があった年は旧暦11日にさかのぼって改元があったという考え方を採用し、改元後の元号を西暦のとなりに表記するように改めました。その代わりですが、改元はすべての元号について改元日を必ず入れるようにしています(従前は抜けていた項目もあったはず)。

ふつう、旧暦(太陰太陽暦)において元号と西暦を併記するときは、歴史学においては元号のあとに括弧書きで西暦を書くのが正しいやり方、ポピュラーな書き方です。

が、「完全戦国年表」「完全幕末年表」では利便性・可読性を優先して、旧暦であっても西暦につづけて、元号を括弧書きにしています。私はこれを「教科書暦」と読んでいます。小学校から高校の歴史教科書はこの表記のようです。なお、全部確認したわけではないです。

新暦(グレゴリオ暦)と、その日本における元号の年が一致しないことがあるのは、「新暦換算について」で述べたとおりです。

ですから、元号が主、西暦が従というのが187311日より前では正しいのです。が、とにかく分かりやすさ重視です。

と、「完全戦国年表・第4版」のように新暦推しなサイトをやっている割に、「戦国時代人物名鑑」「日本の城リファレンス」「幕末明治人物名鑑」全部旧暦、しかも教科書暦の書き方なのはどうかって感じもする。せめて人物名鑑の生没年くらい新暦併記出来れば良いのだが。