編纂後記一覧

2018年1月26日、完全戦国年表・第4版公開!

1年1回程度は更新しています。
と、いつもブログを更新せず他のことをしてきたわけですが、今年は違います。本日公表の通り、完全戦国年表の新版リニューアルとWebサイト「完全幕末年表」公開を2018年1月26日行います。
えーと、事前予告には両方とも「2017年末公開」とあったではないか、だいたい1/26では完全戦国年表21年目ではないかとのお叱りはあるかと思います。まあ1/26も14時くらいまでに更新すればギリギリ20周年駆け込みセーフ!という与太話は置いておいて、少し完全戦国年表編纂後記名物の言い訳を書きます。
アウトプットがここまで出来なくなってたと、正直驚きました。例年行ってる5日以上長期休みの旅行(2回分)を取りやめ、会社に長く勤めているともらえるリフレッシュ休暇(1週間)も費やし、それで何とか仕上がったというのが実際でした。いや、半分くらいはうだうだしてるのですが、その偉大な無駄時間こそが、残り半分の神ってるアウトプットの時間を生み出す原資になってるのだなと痛感した次第です。
そうやって休みを使うのはいいとして、如何せん資料読み込みに精を出した結果、ふつーの読書の時間がない、と。Kindleの積ん読は溜まるし、1年1作は司馬遼太郎と三浦綾子は読みたいけど読む時間を確保出来ない、やっぱり長期旅行で小難しい本のストックを片付けたいけど出来ない。完全戦国年表の第1版から第3版を作っていたのは中学・高校の時。正直その頃は読書範囲が本当に狭くて、歴史小説専門だった。ところがお金も出来、小説も歴史物に限らなくなり、もっと言えば新書から論文(これが幅広い)から雑誌から新聞からと目を通すべきものは指数的に増え、政治・経済はもちろん、社会科学や人文科学も手を広げすぎ、実は専門分野となった情報科学・計算機科学・通信の読み物まで圧倒的に好感度アンテナとなった私には一休みする時間がほしくなってしまった次第。ということで、無理して12月6日公開するのでなく、正月休みも費やして世に出すことにしたわけです。
Webサイト更新がつらいから世に出さない、こういうときはWebSiteを閉じるのがポピュラーです。数多の個人サイトがそうやって閉じられてきました。「MACHIDA PC MAP」はすっと辞められたのだけど、やはり「完全戦国年表」には相当の思い入れがあり、なんとかしたい思いを更新休止以来ずっと持ち続けており、「完全戦国年表」を公開停止する選択肢はなかったのでした。甘いも酸いも経験し成長した頭脳で再構成したいという想いを止めるのは出来ませんでした。
戦国時代物・幕末物の資料を読むのはそれはそれで楽しかったことは付け加えておかねばならないでしょう。20年前から史料分析の集積も進み、いろんなことが分かってきたのだなとの発見は広かった。一方で、20年までには気づかなかったけれども、これだけの分量をこれだけの価格で本にして世に出してくれていることに、執筆者の学者の皆様には頭が下がる思いもしたのです。大学や高校教師といった定職があり、その傍ら薄謝で書いているのだろうなとも思うのだが、正直文系分野にこれだけの成果を出して文章のストックが出来たことを時代に感謝するしかない。もうこんな余裕二度とないかもしれない。ホント、昭和から平成に駆けて厚い本を企画してきた御仁には感謝するばかりです。

とりあえず、週末1回分を費やした完全戦国年表の新トップページが見事に間違って消してしまっていたりするわけで…どーして完全戦国年表はこういった誤削除がよく起きるのか(苦笑)。そんなんで、高校時代の知己曰く相変わらずのいつもてんてこ舞い(IT)でまだまだ最後の作業に励む所存です。本日公開のMerkmarkロゴの話や、リニューアルされる内容についての話、もしかして一番重要なこのBLOG M自体のhttps化の話はまたいずれ。


完全戦国年表公開20周年

2017年1月26日で、ウェブサイト「完全戦国年表」は公開20周年を迎えることが出来ました。が、18年は更新休止している状態で、あまり自慢は出来ませんね。もう終わったサイトに近い。

ですが、「独自ドメイン版完全戦国年表」というのはずっと構想にあり、また、私自身が学士号・修士号を(歴史学ではないのですが)取得する過程において、学問のやり方というものを学び、その点からちょっと是正が必要かなと思っている部分も多くなっているのでした。そんなこともあり、まじめに少しずつ書きためてはおり、ラストスパートを宣言してもよい程度まで貯まったので、20歳を期に今年中の第4版公開を宣言しました。

コンテンツ作成自体も大変なのですが、同じくらい大変なのが新しいロゴ。じつは本日同様に2017年中の公開を宣言した完全幕末年表がすっと作れたのに対し、完全戦国年表は生みの苦しみを味わいました。アプローチが異なるロゴタイプとなっているので、是非告知ページから確認してみてください。

 

と、ここからは完全戦国年表20周年記念日の特別企画、「トップからリンクが切れているけどまだ残っているページの総ざらえ」 はい、過去コンテンツ完全流用の手抜き企画です。

▼戦国人・怒涛の記録
http://www.asahi-net.or.jp/~mh6h-ecg/ksn/dotou/dotou1.htm
初期コンテンツのひとつ。ある意味では、戦国時代人物名鑑の先駆けとも言える。織田信忠1回で終了。

▼街道を行けっ!!
http://www.asahi-net.or.jp/~mh6h-ecg/ksn/kaido/
公開することなく終わったコンテンツ。城めぐりの旅行記になる予定だったか。今にしてみれば、もっと気合い入れて書いても良かったかもしれない。だが、きっとmixiの過去日記のような痛い文章になっていたことだろう。

▼完全戦国年表ライブラリー
http://www.asahi-net.or.jp/~mh6h-ecg/ksn/library/
「戦国人・怒涛の記録」「街道を行けっ!!」の解説が読めるのは「完全戦国年表ライブラリー」だけ!どうも、小学館文庫や東洋文庫、平凡社ライブラリーを志向してつくられた感じがある。
▼戦国メディア市
http://www.asahi-net.or.jp/~mh6h-ecg/ksn/mediaiti/
いまではこの「BLOG M」で最終回を除いて読めるが、ちゃんとトップページだけはなぜか残っている。そして、総集編の2回にいたっては公開時サーバにもきちんと残っている。
▼完全戦国年表10周年特別企画・完全完全戦国年表年表
http://www.asahi-net.or.jp/~mh6h-ecg/ksn/ksn10th.htm
10周年のときはやたら企画が多く、楽しいものが多い。完全完全戦国年表年表って楽しい。が、このときは大学生で自宅PCで作業出来ず、大学PCで苦労して書いたのだった。

▼完全戦国年表10周年特別企画・「完全戦国年表」誕生の真実~私はなぜ「完全戦国年表」を作ったか~
http://www.asahi-net.or.jp/~mh6h-ecg/ksn/ksn10th2.htm
更新期間中、反響が(じつは)一番大きかったのはこのコンテンツなのだ。どうも、私立中高一貫校で挫折する経験を生々しく書いた文章というのはネットで少ないようだ。おかげさまで、給与を頂戴するほどにきちんと成長はしたし、得難き中学・高校の友人は多いが、今でも中高時代はあまり思い出したくない。同級生にはそのまま病を患った者もいる。教育で100%というのは困難である。
完全戦国年表・第4版告知サイトには、「完全戦国年表20周年記念特別企画」とある。20周年記念は全面リビルドでいくという並々ならならぬ意志である。1週末だけでは20人も書けないが、がんばるぞ、おー!


「戦国時代人物名鑑」新版の計画がある

1年1回程度は更新しています。
「完全戦国年表・第4版(仮称)」は地道に頑張って編纂しており、あわせて「戦国時代人物名鑑・第2版(仮称)」も計画中です。年表の方が形になったため、そこから人物名を抽出して、書くべき人物のリストアップにようやく着手できたところです。いまの「戦国時代人物名鑑」が89名のところ、「戦国時代人物名鑑・第2版」では229名に膨らむ見通しです。ダブルカウントはあるかもしれません。いや、きっとある。ただ、これまでの戦国時代人物名鑑が武将名鑑という名前にしなかった割に女性を載せていない不届きな状況だったのに対し、今回は当然のように執筆予定としていたりと、拡大の予定はあるのです。全部の人物が長い文章とはならない見込みですが、ちょっとは気の利いた一文くらいは入れていきたいよなあ。

で、ためしに「戦国時代人物名鑑 Ver.1.20」に名前があるのに、「戦国時代人物名鑑・第2版(仮称)」で記載計画がない武将というのを確認してみたんですよ。それでは見ていきましょう。

  • 芦名義広
  • 尼子晴久
  • 斎藤龍興

→これらの武将は「城が落ちたのと同時に死んでいない」ために、敗北の事実は年表記載があるのに名前が漏れてしまったケース。うーん、載せるにはどうしたらよいか。将来的には、「戦国時代人物名鑑の他の武将の項で名前が出てくれば執筆する」予定なのですが、最初からその通り計画すると何十年経っても公開が出来ないことが実証されてしまったため(苦笑)諦めることにしてしまいました。

  • 北条氏政

→現在の「完全戦国年表・第3版」では、北条氏直降伏の行に親父も切腹させられた記載があるものの、本来は日付も違うため年表上1項目にしてはいけないよねえ。。。かといって、複数行にするのは煩雑だし。日にちに拘る完全年表シリーズだからこそ悩ましい。しつこくせず深くしたい。葛藤しかない。

  • 猪俣邦憲

→真田丸ですっかり有名になった名胡桃城事件がスルーされている。。。いや、名胡桃城落城の項目は出てきたのに名前が消えてしまった。

  • 九戸政実

→九戸政実の乱の記載が無い。実は、「戦国時代人物名鑑」で九戸政実の流入は高かったのだ。他に記載しているサイトが少ない割に検索件数が多いことが影響していたのだろう。というか、岩手県民を経験したというのになんて俺だ。

  • 尼子国久
  • 尼子誠久

→おっと、これは新宮党粛正が漏れているなあ。

  • 里見実堯

→これも里見関係項目が漏れていますねえ。確かに「南総里見之館」の影響によって里見関連項目が増えたのはあるかもしれないですが、ちょっと地域戦国史に弱いのでは、第4版。

  • 真田幸隆

→有名どころが漏れてきました。個別の事件(砥石城落城)に功績者を書かなかったのが原因。

  • 毛利隆元

→家督を譲った系の項目は漏れやすいですね。

  • 福島正則

→じつは、「完全戦国年表・第4版」では応仁の乱開始の家康死亡終わりという、「完全戦国年表・第2版」の期間に戻るため、福島正則の登場がないのです(現在の第3版でも改易の項でようやく出てくる)。しかし、関ヶ原前の石田三成の7将襲撃で名前が出ても良さそうなのに、なぜそこでは加藤清正しか出てこないのか…

  • 平手政秀

→織田信長の記述で出てきそうなものだが、参考資料において文脈上で出てこない、ようは合戦が影響しないような場合は項目に組み入れられないのであった。

  • 土岐頼芸

→あれー、土岐成頼は出てきてるのに。これまた個別の事件が抜けたかな。と思って次を調べて驚き・・・

  • 斎藤道三

→どうせ違う名前で出てるから引っかからなかった…と思いきや、正徳寺の会見も主君へのクーデターも長良川の戦いも出てこない! おいおい、どうなってるんだよ…って、どうも戦国時代の通期を書いた本の場合、「京都の情勢(細川・三好)」「地域の状況(武田・上杉・北条・毛利・伊達・長宗我部・島津)」が書かれたあとに、織田信長って流れでそこにちょっと出てくるかどうかになってしまうのが斎藤道三のようで、すっかり忘れ去られるようなのである。調べてびっくり!
ということで、初版から第3版までの完全戦国年表と「完全戦国年表・第4版」では編纂のやり方が違っているため、だいぶ項目の抜けが出てきてしまう様子。でも、第3版を見て抜けている項目を追加するってのはなんか違うというか、わざわざ新版にする意味ないじゃん!ってことで、避けたいところ。本当に第4版を公開出来る日が来るのだろうか。そんな心配な情勢の最中、「完全幕末年表」のために資料を買い集めてしまったのだが、いろいろ大丈夫なのだろうか。