地球のことを考えれば包装は必要最低限がよいのだろうが、いつも本を買うたびにブックカバーをしてもらっている気がする。本はブックカバーをつけてもらえればよい。複数冊のときは輪ゴムで束ねてくれればよい。本を紙袋に入れるのなんて邪道である。それこそ資源の無駄である。
やはりブックカバーはつけて欲しい。ブックカバーがないと、本棚に入れるときに帯を傷つけてしまうから。どうも、中学生の時分、国語の先生に「帯のない本は価値が下がる」といわれたのを真に受けてしまったのか、出来るだけ帯が付いている本を歩き回って買ってしまう。それからあとは、電車で読むときに、何を読んでいるか他の人に知られたくないという理由もある。知られたくない本を読んでいるわけではないのだろうが、あまりそういったことで構われたくない性分らしい。
ブックカバーにもいろいろある。今回はやや首都圏ローカルな話になるかもしれないがご了承願いたい。
だいたいの書店のカバーは似たり寄ったりだ。丸善と書泉グランデ(ブックタワー)、紀伊国屋書店、久美堂と三省堂、博文堂書店や文教堂書店、ブックガーデンからTSUTAYAのカバーは大差がない。紙質の違いは多少あろうが、私から見たら全部同類項に分類したい。丸善や紀伊国屋書店が全国に散らばっているのには目が行く。書泉グランデのカバーの黒は目立つ。
ただ、有燐堂の文庫本カバー、あの色が選べるというのが人気だそうだが、自分はワインレッドか青ばっかつけてもらっているようでその恩恵にはあまり与れていない。しかし、手触りがよいのでそこはかなり気に入っている。文庫本と同じ高さしかなくて書籍そのもののカバーにもう一枚って類の、固定できないブックカバーは好きではないのだが、あれだけは例外である。
LIBLOのブックカバーは、一見他の書店より安っぽい素材なのだが、これが持ち心地が良い。手に馴染む、いや指を掴んで離さないと言うべきか。よく高校時代に単語集のカバーに転用していた記憶がある。最近久方ぶりにLIBLOで文庫を買ったら、文庫だけは絵が描かれたほかの書店と同じようなカバーで、残念。
最近新幹線に乗ることが以前より増えたので、新幹線の時間待ちで八重洲ブックセンターへ行くことが多くなった。ここのカバーは花の絵をあしらっていて、美しいの一言。乙女心をくすぐるというか、メルヘンな気分にさせてくれる。うっとりするのに最適なカバーである。
ただ、私が思う最強のブックカバーは蒲田や横浜にある栄松堂書店のカバーだ。ここの店員のカバーのつけ方は「神」の一言。カバーを手で切ってつけるのもここだけではあるまいか。つけてもらったカバーはまずズレない。本の背と表裏にしっかり意匠がジャストフィットする様が凛々しい。大切な本になりそうな一冊はこのカバーにしたくて、いっつも相鉄ジョイナス4階に足を運んでいたのを思い出す。
正しくは「書皮」と言うのだそうで、「カバー、おかけしますか?―本屋さんのブックカバー集」という本もあるようで、思わず買いたくなってしまう。紀伊国屋書店のカバーが思い出せなかったので、書皮の名刹を参考にさせていただきました。新宿・渋谷の本屋をいろいろ見ることが出来て、楽しい。
どこの書店でも同じ価格。やはり、探しやすさ(めぐり合う可能性の高さ)と、ブックカバーが書店選びのキモとなる。ただ、地方暮らしでAmazonに注文してしまうことが多く、電車に乗らず家で読む機会が増えたのでカバーもいらなくなってきた。やや寂しいのだが、盛岡にあるさわや書店のカバーが、盛岡の商店街の地図をあしらったものになっていて、こういうオリジナリティあるカバーを見るとうれしくなるのは相変わらずである。
「chief」一覧
奥州市、誕生
胆江新市名 「奥州市」に::岩手日報
私の親友であるtakaの出身地である江刺市が、市町村合併で「奥州市」となることが決まった。江刺市といえば「炎立つ」以来、「えさし藤原の郷」の壮大なロケセットと多く残る大自然をバックに、戦国モノを中心として、直接江刺とのゆかりがない大河ドラマのロケ地も務めてきた自治体である。今回の「義経」でもメーンロケ地として毎週大河ドラマのオープニングテロップで名前が堂々と表示されている。私は以前より「江刺」という地名に、岩手らしさを感じていた。
まだ慣れもないので、賛否の「否」があるのは当然だと思える。ただ、ひとつの新しい市が生まれるときは、とりあえずは祝福したい気持ちである。なによりも、決まった市名を旗印に一致団結していくのだという言葉が、奥州市の市役所が置かれることであろう水沢市の現市長から聞けたことは何よりも頼もしく感じる。水沢も旧城下町といってよい土地であろう。またひとつ、中心部を関した市の名前が消えるわけだ(別にそういった流れに反対しているわけではない)。
ただ、最初の候補10個のうちtakaが「日高見市」というのが違和感がない、小さいときから親しみがある、これが良かったというのを聞く機会があり、これは私にとって有益な話だった。「日高見(ひたかみ)」は北上に訛る以前のこの地方の呼び名で、肥沃な土地と屈強な兵士を持ち大和朝廷にも屈しなかった旨が、日本書紀にも記されているのだという。もっとも、宮城平野から下北の当たりまで広くさすようではあるが、「奥州」よりはやや狭いか。宮城のほうから物言いがあるかもしれないが、それは東北地方全般からの物言いが予想されうる奥州市とて同じである。
雄大な自然を擁しながらどうも安比高原に知名度で劣る、西根町・安代町・松尾村の新市名「八幡平市」の例でもないが、市町村名にして知名度を挙げるというのも一つの市名の決定法だろう。平泉文化も良いのだが、アテルイ、坂上田村麻呂以前ももっと売り出していけるよなあと「日高見市」にはおもうのだ。北海道ひだか市のときも候補にあがっていたみたいで、日高山脈も「日高見」の流れを汲むのだろうか。
だいたい、日本書紀の記述なのに、「蝦夷」のように変な漢字があてられてないというのは気になる。東北地方に残るアイヌ語起源らしき地名には、謎ときが楽しめそうな要素があり、まだ調べつくされていないこともあり興味が非常にそそられる。
まあ、市町村合併のほうはこんなこともあって、まだ紆余曲折がありそうだ。
私と東京読売巨人軍
私は昔「MACHIDA PC MAP」で書いたとおり、巨人ファンである。しかし、生まれたときからの巨人ファンというわけでは、ない。
幼い頃の私は、その日ヤクルトを応援していた。ヤクルト-巨人戦。なぜ巨人じゃなくてヤクルトを応援していたのか、はっきりしたことは分からない。だが、いつも飲んでいるヤクルトとその語感に引かれたのだろう。母は筋金入りの巨人ファンであった。昔は巨人ファンだと「王・長嶋しか知らないのかよ」と揶揄されることもあったようだが、母は今も昔も巨人ファンである。ヤクルトを応援する私、巨人を応援する母。試合はヤクルトが追い込まれていた。必死に声をからしてヤクルトを応援する私。しかし、ヤクルトは負けた。大声で泣き叫ぶ私。そんな私に、ニヤニヤしながら母は言い放ったものだった。「だから巨人を応援すればよかったのに」 その一言が、私を巨人ファンにした。たまたまだろうが、巨人ファンになってから数試合は巨人が勝っていたように思う。
85年の阪神優勝は良く覚えていない。だが、広島と中日がやったら強い時期で、広島戦、中日戦には憂鬱になったものだ。
朝、「ズームイン!朝!!」のプロ野球いれこみ情報は面白かった。広島(広島テレビ)・中日(中京テレビ)の勝ったときの中継の憎らしさ、負けたときの誇らしさ。そして、阪神(よみうりテレビ)の負けたときの気の張りよう、勝ったときの喜びようは勉強になった。
小学生のときに住んでいた座間は、横浜(当時は大洋)ファンはそれほど多くなく、周りは巨人ファンだらけだったと思う。父に連れられ生まれて始めて東京ドームに巨人を応援しに行ったのも小学生のときだ。
だが、FA制度が導入され、無邪気に選手を欲しがる監督と金万球団の資金力が一緒になったとき、巨人軍は真の意味でヒール(悪者)となってしまったと思う。松井を引き当てた長嶋監督の強運はともかく、FAの落合はいらないと最初思ったものだ。だって、原がまだいるじゃん、と。
中学からは東京の学校だったが、はっきり言って周りはアンチ巨人だらけだった。大の巨人ファンのM君が学校に来るまでの数分、私は毎朝筋金入りのアンチ巨人であるS君の猛攻に耐えなければならなかった。
私は、巨人ファンとしてはゆがんでいると思う。巨人ファンは皆ゆがんでいるだろ、という指摘はそのとおりかもしれない。負け続けても耐え続けて、優勝の美酒の味を正しく味わう阪神ファンに比べれば。スタンスとしては、負けるとメガホンを外野に投げ込む俗悪なファンと一緒だろう。チャンスで打てない打者には容赦なくテレビに罵声を飛ばした。「清原西武帰れ」「江藤広島帰れ」…FAで去られた先の球団のファンの方が聞いたら私は刺されるであろう。基本的に若手も同じ。「死ね」「逝ってよし」「2軍帰れ」などの罵声は当然である。だって、こんだけ金を積んでいるのだから、ぶっちぎりで優勝しなければ詐欺じゃないか。このあたり、巨悪の根源ナベツネ前オーナーとシンクロナイズド出来てしまっている感はある。その罵声をかけない例外は、松井秀喜と長嶋終身名誉監督だけであった。これはジーコにもいえると思うのだが、基本的に長嶋監督は神であり、その采配は(たとえ客観的に見ればヘボ采配でも)絶対である。悪いのはひたすらに選手の方である。なので、その神がかり的ヘボ采配によってしくじる選手には容赦なく罵声を浴びせていた。テレビに向かって。…これは、母もあまり変わらなかった。父は呆れていたと思う。ひとたびホームランが出れば雄たけびを上げる。おかげで日テレのアナウンサーが絶叫していただなんて、シドニー五輪サッカーの時に明石家さんまが指摘するまで気づかなんだものだ。
野球というものはファンとなる球団を持ってして、他球団のことも見えてくるというもの、広島や中日、ヤクルトは資金のやりくりをしながらいいチームに仕上がっていて、いい勝ち方をされたときにはやられたなァと素直に思える。横浜は「大ちゃん」が魅力的だったのもあるが、大魔神佐々木を打ち崩すのが快感だった。だから、8回までにリードして来れた時はやすらぐものだ。阪神は強くなって、昔のように貯金シリーズと思えなくなった。7時に帰って野球中継をだらだら見ながら過ごすのは至福の一時だ。
巨人はテレビで全国放映されるせいもあって、東京の球団ではなく、全国の球団となってしまっている面はある。たしかにゆがんでいる。ただ、巨人だけバッシングされ続けるのをみていると、純粋に巨人が好きな子供たちが不憫な気もしている。あまり謂れのない巨人批判は、「巨人中心」の醜悪な流れを維持し続けるだけだろう。
翻って私には、その巨人に負けない愛情が注げそうなチームが現れた。「後出しジャンケン野郎」楽天イーグルスである。ライブドアの方が先に名乗りをあげてくれて、それはそれは感謝にたえないが、やはりそれでもか弱い東北のチームを見ていると、東北在住の私にとってはつい応援してしまう、しまわざるを得ない風土がやはりこの地にはある。中畑清が「SportsMAX」(NTV系)で「東北の人は負け続けても応援し続ける」と言っていたが、それは真だと感じる。なにより、巨人じゃないチームはこんなにもチームとの距離が近いのかと少しばかり驚いた。あれだけのチームでぶっちぎり最下位にどれだけならずに済むか、これからずっと温かく見守っていきたい。