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Blogに関して私が考えていること

 2004年は私の周りでもBlogブームだった。この『Theメディア市』最初のエントリでも書いたとおり、私は最初Blogを舐めていた。Blogでは使いづらいウェブブラウザのテキストフォームからページを更新しなければならない。自由な装飾も出来ない。ただ実際に使い始めて気づいたが、簡単に投稿出来る手軽さは何物にも替えられない。アウトプットの量を増やしてくれる。ドキュメンテーションに一役買ってくれるし、ページの更新の回数も増えた。
 とはいえ……
 私がBlogに抱いている感情というのは複雑である。Blog時代の個人的な逡巡を、私の経験を書き起こすところから述べてみたい。
 私が個人でホームページをはじめて公開したのは1997年1月。今も放置しながら続く『完全戦国年表』と一緒に、今は閉めてしまった『MACHIDA PC MAP』もやっていた。町田のパソコンショップを歩いて回り、店舗の情報を載せて、PCショップの動きを「ニュース」として記事にしていた。『MACHIDA PC MAP』は、「個人ニュースサイト」に分類されるWebPageといえよう。
 マスメディアは、行動を起こさずとも企業からプレスリリースは降ってくるし、通信社からのニュース配信もある。だが、個人ニュースサイトは、まず自分で取材してみないことには何もネタがない。そんなわけで、ソフマップ町田店やヨドバシカメラ町田駅前店などのような新規開店時は、足を運んでひたすら頑張ってレポートをした。その甲斐もあり、反響も多く、『MACHIDA PC MAP』はそこそこの成功を収めることができた。それでも、個人ベースでは企業ベースと同等の取材をするのは困難だ。小さいお店なら店員さんと仲良くなって写真撮影を許可してもらえることもある。ただ、大きい店舗となるとそうもいかない。当時『MACHIDA PC MAP』では、人気コンテンツの一つとして価格調査を行っていたが、某量販店は烈火のごとくその行為に怒って、私を恫喝して来た。そんなこんなで、自身の取材だけではどうにもならないことが多い。そこで、企業運営の大手ニュースサイトの記事にリンクを張って、「紹介」ということで乗り切ることになる。この形で有名なのは『セキュリティホールmemo』さんではないだろうか。こういう形だけでも十二分に面白いサイトになるわけだ。そうして多くの「個人ニュースサイト」は繁盛していった。こういった「個人ニュースサイト」は昔から多く日本にもあり、作者の人はそれなりに矜持を持ってやってきた。ここには、マスメディアのサイトに言及して自分の意見を述べるアメリカ発のBlogと同じ源流が垣間見れる。
 ところで、そのBlogというものが、米社会において社会的に認知度を増すことになった出来事というのはやはり2001.9.11の同時多発テロであろうか。「ココログの泉」を見ると、

もっとも blog が価値を帯びたのは2001年9月の全米同時多発テロの時だった。
多くの blog ユーザーが事件に対する意見や感想を blog サイトに投稿し、なおかつ現地の有効な情報を共有するためのネットワーク作りに活用されたのである。

とある。
 日本ではこういった事件が起きた場合、どちらかといえば掲示板で議論がなされたのではないか。2chのような匿名系が近年は栄えているけども、ニフティサーブ(現@nifty)のフォーラムには読むべき記事が多かった。そして、個々人の「個人ホームページ」の中にある「Web日記」にも感想は書き込まれたであろう。もともと日記を書いていた人が、ホームページにその書く場所を移したり、ある程度公開されるもので周りの友人から反響があるものだから書き続けられるといった事情がある。日本の場合、私的なWeb日記を書くような人でも、公的な意見を吐き、その意見も一定レベル以上の質があった。
 いま上に挙げたもののうち、掲示板には今のところ変化は特に見受けられない(Wikiの登場はあった)。しかし、目下のところWebPageは、普通の「個人のホームページ」のみならず、「個人ニュースサイト」「Web日記」までもがBlogに集約されつつある。もちろん、CMSとして利用することにより、WebPage作成・運営の効率化が図れる面が大きいといえるが、文化としての流れもBlogムーブメントに内包されつつあるのは見逃せない動きだ。
 日本には「Web日記」「個人ニュースサイト」というBlog以上に歴史ある文化があった。それが舶来モノのBlog文化に収斂されていく……私は、そのことが悔しいのだ。私がやってきたのは『MACHIDA PC MAP』であって、確かに「個人ニュースサイト」に分類されるかもしれないが、Blogをやってきたのではない。しかし、今同じサイトをつくるのならBlogベースに作るだろう……時系列に情報整理されるものは、いまやBlogとなる、なってしまうのだ。この事実に茫然とせざるを得ない(それでさらに、Blogを自分も現にやっている)。
 ただ、私の古く中学時代からの友人であるmongai氏(かつての「戦国メディア市」でもたびたび名前が出ていた、あの「智秘図」君のことだ)が『Daily mongai』の「Blog時代に想う」というエントリで「Blogは一つの文化圏を形成しファッショナブルだという自負さえ抱きながら、つらつらと記事を書き綴ることが出来る」と書いている。これは突き1本、であった。かつての個人ページが「実用的内容のホームページの影に隠れ、蔑まされていた存在であった。」という観点は私からすっぽりと抜けていた。
 『完全戦国年表』が更新もされていないのにサーチエンジン上位に来るのは、教育関連のリンクと、個人ホームページからのリンクによるところが大きい。インターネットにはじめて接続した人が、Yahoo!Japanで私のページを見つけて、少し経ってから個人のページを作るときに、「趣味-戦国時代」として戦国系ページではただひとつだけ私のページをリンクしてくれているケースが多い。私の作成した『完全戦国年表』は零細な個人のホームページによって生かされているといっていい。そういった個人ページはオフラインでの繋がりのある人のページ以外とはつながりを持てることが稀であった。Blogはそういった小さい個人のWebSiteを十把一絡げに相互コネクトしはじめている。そういった連携によって、Google PageRank時代の大きなパワーとなっている。
 Blogという形態はWWWの現時点究極の進化形態でしかない、という観念が私には強い。しかし、Blog前とBlog後では、コンテンツの電子化という意味では2倍以上の差を感じざるを得ないのは確かだ。それまで、ネットに接続する人でホームページを持つようになるのは全体の1/4なんていわれていたものだが、21世紀になってそれが怪しくなってきた。だが、Blogの登場によって自分のページを持つひとが増えてきたのは事実だ。
※上に引いたエントリで「『Blog』という定義の曖昧さこそがBlogの強みでもあると思う。」とあるが、私も同意だ。それは私の逡巡の原因とも言えるが、Blog化によってWebPageが享受した効果は少なくない。
 どのような形であれ、Web上にコンテンツが増えることは望ましいことだと私は考える。たとえノイズが増えようとも。悔しいからといって地団駄を踏んでいるばかりでは何も始まらない。私のBlogムーブメントへの回答のひとつめが、Blogそのものであるこの「Theメディア市」である。回答のふたつめ以降に関しても、近いうちにお目にかかれると思う。ICT(Information and Communication Technologies)の進化のおかげで、コンテンツを表現できるメソッドが増えたことはなんとも喜ばしい。